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砂時計と額縁

自分が考えたこと、感じたことを切り取って残しておく場所

言語化の精度

学生時代にこういう感覚を抱いていた方がどのくらいいるのかは分かりませんが、僕は特に中高時代、大人(社会人)になったらもう人生に楽しいことってあんまり残ってなくて、仕事に追われて日々が過ぎ去ってただ老いて死ぬんだろうなと思っていました。もう少し突飛なことをいえば、「俺って大人になる前に死ぬんじゃね?」なんてふわっと思ったこともあります。

この「死ぬ」という表現は今思えば、大人になった自分の生活がリアルに思い描けないが故に出てきた言葉なのだと思います。大人として生きている自分が想像できないから、じゃあ大人になった自分って存在できないじゃん!っていう、かなりアホな思考回路で考えていたわけですね僕は。

 

言語化というのは非常に難しいものです。僕はこの場で自分の考えや思いを言葉にして切り取るとは申しましたが(前の記事参照)、それって実際かなり難易度の高いことなんですよね。

とある感情や思考や感覚を自分ではAだと思って、Aだと言う。けれども実は思ったことの言語化が上手くいっていなくて、Cという感情をAだと思っていた、とか、あるいは薄々Cだと分かっているけれども口をついて出たのはC´だった、ということが人間には起こり得るわけです。

例を挙げるとするなら、誰か特定の他者に対して非常に個人的な不快感や嫌悪感を持っている人がいたとします。その人は自分が納得できないだけなのですが、その特定の他者について語る際に「あいつの行動は倫理的におかしい」とか一般論で語ることがあります。こういう場合は思いの言語化がきちんと行われていないといえるでしょう。

冒頭の話でいうなら、要するに思春期の僕の「大人になる前に死ぬんじゃないか」という発想は、「大人になった自分の生が想像できない」という感覚を取り違えて認識していたわけです。まぁ本気で社会人になる前に絶命する想像を詳細に思い描いていたわけでもなくって、つまり全然具体的に考えていなかったということです。言語化の精度がガバガバだったということです(思考も言語で行うところが大きいといわれているので、今回は思っただけでも「言語化」の範疇とします)。

漠然とした発言や思考というのは、精度の悪い的外れな言語化の場合があります。しかし一方で、直感的に正解を引き当てているのだけれども具体的に言語(思考)に落とし込めていないだけである可能性もあります。だから曖昧な思いを言葉にすることは本当に難しい。

なにせ正確に答え合わせをしてくれる人がどこにもいないんですから。

そもそも冒頭の僕の思考に関する解釈だって、今回述べたものが正しいとは限らないのです。

間違えたところで誰にどうこう言われるわけではありませんし、なんなら誰かにとやかく言われたところで他人には関係ないんですけれど、せっかく言葉にして自分の思いを残しておくんだから、言語化には細心の注意を払いたいものです。

 

ちなみに、「社会人になったらもう人生に楽しいことってあんまり残ってなくて、仕事に追われて日々が過ぎ去ってただ老いて死ぬんだろうな」というかつての僕の思考についてですが、こちらは当時本当にそう考えていた、はずです。そしてそれが現実のものとなっているかどうかですが……まだ何とも言えません。

まず社会人になってからまだ一ヶ月経ってないし。

総務課付研修生だし。

残業とかもまだほとんどないし(鼻ほじ)。

生活が仕事に支配されるのはもう少し先のことになりそうです。数か月後、数年後、十数年後の僕がプライベートを楽しんでいるのかどうかが、僕個人の人生に対する答えを示してくれているでしょう。

当たり前のことですが、社会人になってからの自分の生活を楽しめるかどうかなんて人それぞれですし、そもそも学生だからみんな毎日楽しいかというと全然そんなことはありませんよね。僕も冒頭のようなことを思っておきながら学生時代が充実していたかというとむしろスカスカでしたし(つらいことや苦しいことに直面してこなかったので快適ではありましたが)。

さて、そんな人間が困難にぶつかった時どうなるのでしょうか~、とか言って早々に辞職することになろうもんならガチでマジで本当に笑いごとじゃなくなるんで、こういう煽り文は控えめに……。

それではまた。