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砂時計と額縁

自分が考えたこと、感じたことを切り取って残しておく場所

結局体が資本

みなさんいかがお過ごしでしょうか。僕はというと体調を崩して「なんで体調って崩れるんだろう」「なんで身体ってこんなに不完全なんだろう」「肉体から解き放たれたい」などとぼんやり考えています。

 

体が資本、とよく言われます。何をするにもコンディションが悪いと効率が悪くなってしまったりそもそもできなくなってしまったりするので、仕事をするにしろ遊ぶにしろ、体は大事にしろよという話によく使われる文句ですね。

体が資本というなら、例えば体力が豊富な人間というのはその資本を運用していく(生活していく)中で体力が少ない人間にできないことができます。例えば徹夜で作業したり、睡眠時間を毎日少しずつ削って何か作業をする時間に変換したり。スタミナがあるってだけで実は結構なアドバンテージということです。

そして同時に、資本というのは運用先があって始めて輝くというか、大金を持っていても使い道がなければ虚しいように体力だけ有り余っていてもやりたいことがなかったらそれって中々切ないことだと思うんですよ。

個人的な話をいたしますと、今は一つか二つですがやりたいこともありますし体調を崩せば歯がゆい思いをするようになったのですが、以前の(特に中高時代の)僕であれば、ぶっちゃけ風邪を引いたところで引いていない状態と何かが変わるわけではないというか、体調が良くても悪くてもどうせネットで動画見てるだけだったからどうでもよかったんです。よほどの高熱が出たり重症にならなければ動画くらい見れますからね。

年齢的に若いこともあって何もしなくても健康ですし(いや今も十分若いんですけどね)、毎日そんなに負担のかかる仕事をこなす必要もなかったので、自分の体調を頑張って管理することの重要性はかけらも分かっていませんでした。

やりたいことがある人の方が体という資本を大切に取り扱います。体力だけでなく時間もコストに還元できますから、目的と価値感覚がしっかりと備わっている人ほど日々の生活を無駄なく過ごそうという意識は強くなるのではないでしょうか。やりたいことがある方が生活にはメリハリが出やすくなると考えられます。例えば仕事とかやらなければいけないことでも義務感で生活にはメリハリは出せると思いますが、やりたいことの方がモチベーションはずっと高いので自分の望むことを中心に生活を組んだ方が当然楽しい。やらなければいけないこととやりたいことが一致していた場合は完璧です。勉強が好きだった人は学生時代さぞ楽しかったことでしょう。働くのが好きだという人もいいですね。なんせ起きてる時間の大半は仕事してるんですから、人生が楽しいといっても過言ではないんじゃないでしょうか(過言)

 

さて、ここまでを一度振り返ってみると、人間は皆それぞれの体という資本を所有していて、自分のもっているエネルギーを日々のやらなければいけないこととやりたいこと(仕事や趣味や人間関係)に投資する。そして、資本そのものの豊かさも重要だし、資本の運用先へのモチベーションも重要、ということでした。

ただここで重要なのは、資本の運用先たる趣味等は何歳になっても見つけることは可能ですが、資本である体力は基本的には減っていくということです。ある程度は歳をとっても生活すべてを体力づくりに徹すればあるいは体力が上がるかもしれません。しかし当然現実的にはそんなことは不可能です。仕事がありますから。

この事実に思い至ったとき割と本気で中学の部活半年で辞めたの後悔したよね。別に部活じゃなくたって体力作りは個人でできるんですけれど、しかしもうちょっと早くこの事実が心に響いてほしかった……。

でもたぶん、社会人になる前の僕がこのことにちゃんとした意味で気づくことはなかったんだろうなぁと思いますし、頭では体力の重要性は知っていてもわざわざ体力作りに勤しむことはありえなかったでしょう。この現状はある種宿命なのだ。

個人の経験則ではありますが体力って本当に大事です。体力と気力が十分じゃないと、自分がやりたいと思ったこともできません。学生の皆様は外に出て遊ぶなり走るなりして体力つけとくといいと思います。鬼ごっことかしろ。逆にこの年でやったら楽しそうだし(適当)

とりあえず僕はさっさと回復させて仕事に復帰します。そのあとお外に出て遊びます。