砂時計と額縁

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エネルギーがある人はすごい

大学生のときはゴールデンウィークなんて気にもしませんでしたが、社会人になると貴重な休日がドバッとやってくるので、流石に意識せざるを得ません。

実際僕の連休がどうだったかといえば、適度に予定が入り適度に余暇時間があったので、割といいバランスだったんじゃないかなと思います。

ちなみに今、適度な余暇時間と申しましたが、余暇の適度がどれくらいなのかは人によって違いますよね。僕はあまり活動的ではないので、家でダラダラしたりゴロゴロしたりスヤスヤしたりする時間がけっこう必要ですが、エネルギッシュな人はとにかく外に出たがりますし、そうでなくとも常に何かをやっていたい、ヒマな時間が嫌い、という人はいます。僕にとって丁度いい予定の入り具合も、人によってはヒマだとか物足りないと感じるかもしれません。まぁ僕の休日なので僕がよければそれでいいんですけどね。

今回は別にGWがどうだったかとかそういうことを話したいわけではなく、少し思うところがあるので、エネルギッシュな人たちに対しての羨望の念を綴りたいと思います。

 

僕はエネルギーをたくさん持っている人が羨ましいと感じます。ここで言うエネルギーというのは、肉体的な意味(体力)も含みますが、精神的なエネルギーという意味合いが強いです。

何かにとてつもなく熱中できる人、なんでもとにかく行動に移す行動派・活動的な人、精神的にタフでめげない根性を持っている人、こういった人たちが備えている要素というのは、人が生きていく上で重要なものだと僕は感じています。特に、何か特別なことを成したいと思っている人にとってとても重要だと思います。

上述のようなエネルギーがなぜ重要だと思うのか。それは、人は行動することによって経験を蓄積し、経験の繰り返しによって様々な物事に対して審美眼が養われたり自分で「できる」ようになるからです。

この行動というのは、内面的なエネルギーが自分の外(現実)に向かった結果と捉えてください。いくら頭で考えていようとも考えているだけでは何にもなりませんよね。何事も行動に移さなければ始まりませんし、試行錯誤の中で習熟していくものです。

特に何かを目指していない、目標のない人でも、自分の外にエネルギーを向けて何かにすごく熱中できたら楽しいし、行動派な方がいろんな経験ができるし、タフな方が生きていく上で淘汰されにくいと思います。もちろん、そうじゃなきゃいけないわけでは全くありません。精神的にエネルギッシュな場合そういう性質なりの生活・人生になるという話です。余談だけど仕事しながら同人誌描いてコミケにサークル参加してる人とかマジすごいと思う。

 何か特別なことを成したい人ーー分かりやすく夢がある人としましょうーーにとってエネルギーが特に重要なのは、シンプルに目標のない人よりも必要なエネルギー(行動のレベル)が大きくなるからです。

先程、何事も試行錯誤の中で習熟していくと述べましたが、夢がある人はこの習熟度に一定のラインが存在します。競技種目だと分かりやすいですが、例えば陸上の100メートル走でオリンピックに出場したいのであれば、世界選手権等の大会において、オリンピックに出場できる順位を叩き出すとかそういうことです。

達成したい目標が高いほど求められる習熟度のハードルも高くなりますし、その分払わなければならない労力(必要なエネルギー)も大きくなります。

 

「要するにそれって行動力があって努力できる人が羨ましいってこと?」と思った方、概ねその通りです。さらに言えば、「努力を当然のこととしてライフスタイルの中に取り入れられる人が羨ましい」のです。

例えば画家やイラストレーターの中で、「幼いころから絵を描くのが好きで、ずっと描いていました」という人がいます。というか大抵のイラストレーターってそうなんじゃないかって個人的偏見があるんですよね。その人にとっては好きなことをやっているだけで、努力なんて思っていないんじゃないかとすら考えてしまいます。

もちろんプロとして仕事をする以上楽しいばっかりじゃないことは重々承知です。スポーツでも絵でも楽器でも料理でもカメラでもなんでもそうでしょう。

でも私見なんですけど、絵を描くのが好きで好きでずっと描いてきたプロになるくらいの人って、描かないことよりも描くことの方が自然で、描いていない自分が不自然に感じるんじゃないだろうか、仮に描くことをやめて苦しみから解放されて、楽に生活していける道があったとしても、描いていたい、この道を行きたいと考えるじゃないか、なんてことを思うんです。

今述べたことは所詮僕の妄想です。本当にそうかどうかなんて分かりません。でもそういう人はたぶんいるはずで、そういう人の、居ても立ってもいられない感覚というか、熱烈な思いとか、必然的に行動へと向かう推進力とか、そういう内側から湧いてくるエネルギーが、僕には得難いものなのです

もしかしたら僕は、自分の人生を決定づけてしまうほどの願望に憧れているのかもしれません。だとしたらそれは非常に甘えた憧れです。だって、焦がれるほどの夢を抱いて、叶わなかった人だって大勢いるはずで、叶わないのに諦められないってすごくつらいはずなのに、その苦しみを知らない人間がこんなことを思っているんですから。

それに的外れな憧れでもあります。心理学的に、人間はやる気があるからやるのではなく、むしろ逆で、事に取り組んだらやる気が喚起されてくるのだと言われています。ここまで頭の中で考えて、じゃあやっぱり大事なのって行動力の方じゃん!ってなるし、エネルギーをたくさん持ってる人がやりたいことを見つけて、行動によってやる気を喚起して、自分の夢を叶えていくんだろうなって思うんです。いや、ここまで考えてとか言ってるけどまず仮の話の中の思考なんだよなぁ……。

というかもし実際に僕がそんな憧れを抱いているのなら、僕には諦められない思いがあるのかもしれません。なぜなら僕は前回の記事で書いた通り「自分が欲しいと思っていないものを他人が持っていても、羨んだり妬んだりする必要は全くない」と思っているはずで――と言いつつ、ただないものねだりしているだけの可能性だって十分ありますけどね。人間は愚かな生き物ですから。

真実は僕にもわかりません。

とりあえず、エネルギーがある人はすげえ。